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大分地方裁判所 昭和27年(ワ)24号 判決

原告 鐘淵紡績株式会社

被告 新日本ゴム工業株式会社

主文

被告は原告に対し別紙〈省略〉目録記載の土地建物を明渡すこと。

被告は原告に対し金六百六十二万二千八百八十二円及び昭和二十九年十月一日以降右明渡済みまで一ケ月金二十二万八千三百十七円の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は被告の負担とする。

原告は第二項に限り金二百万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告は、主文第一、乃至第三項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

第一、元原告会社(旧商号鐘淵工業株式会社)の所有経営していた大分工場(別紙目録記載の土地建物を含む)は戦時中軍の強制買収の対象となり、昭和二十年四月一日付売買契約により国に買収せられ、その代金は企業整備資金措置法による特殊預金として決済せられた。而して右買収代金である特殊預金は終戦後戦時補償特別税の課税によつて国に徴収せられ、その代りとして戦時補償特別措置法に基き右買収物件中土地建物等の定着物は賠償指定物件及びその附帯機械を除き全部元の所有者に返還せられることとなつたので、原告は昭和二十二年三月十四日戦時補償特別措置法に基き国有財産たる前記買収物件の譲渡申請書を大蔵大臣に提出し、昭和二十四年七月一日之が譲渡の許可及び引渡を受けた。従つて別紙目録記載の物件(以下本件物件と称する)は同日より原告の所有に復した次第である。

第二、ところで被告は昭和二十二年九月十七日熊本財務局長より本件物件並びに周囲の土地約二万坪及び附近の建物十棟の前叙買収物件につき正式使用認可あるまで仮に使用することを得る旨の許可を得て、同年十月一日より之等物件を使用して来たが、更に昭和二十四年三月右財務局長に対し右物件の貸付申請を為し、同局長は同年三月末日正式の貸付処理を為し、それまでの被告の使用に対しては弁償金徴収の措置を採り、本件物件につき同年四月一日以降同年六月末日まで使用することを許可した。

第三、(一) 従つて被告は昭和二十四年六月末日限り本件物件に対する使用権限を喪失し、爾後之を占有する何等の権原もない。

然るに被告は前記仮使用の許可により期間を十年とする賃貸借契約を締結したものであり、仮にそうでないとしても前記正式貸付処理により期間の定なき賃貸借契約を締結したと主張して引続き不法に本件物件を使用占拠している。

原告は昭和二十六年六月二十二日大分簡易裁判所に被告を相手取り該物件の明渡の調停を申立てたが、被告の法外の要求により調停不能の結論に達し、同年十二月十二日右調停を取下げた次第である。

しかし、公用財産であつた旧軍用財産は国内法上の関係においては昭和二十年八月二十八日の閣議決定に基き陸海軍省及び軍需省より大蔵省に引継がれ雑種財産として大蔵大臣の管理に置かれることとなつたが、終戦後の我国の政治経済財政その他一切の行政はすべて連合国の管理支配を受け、国内法は之に優先する連合国最高司令官の指令、覚書等によつて制約され、かかる制約の範囲内に於てのみ妥当したのである。これを旧軍用財産について見ると、昭和二十年九月二日の指令第一号、同年九月二十二日の指令第三号、同年九月二十四日の「日本軍より受理せる或は受理すべき資材需品及び装備に関する覚書」、同年十一月二十四日の「戦時利得の除去及び国家財産の再編成に関する覚書」、昭和二十一年五月九日の「日本軍の建物、施設及び用地に関する覚書」、同年九月六日の「国有財産の処分に関する覚書」等により旧軍用財産は連合国の管理下に置かれ、之を一般民間に長期且無制限に使用を認めることはできない事情にあつた。従つて政府に於ても昭和二十年十二月十五日大蔵省訓令第十三号同日附同省国有財産部長より各財務局長宛通牒「雑種財産一時使用認可に関する取扱要領に関する件」によつて旧軍用財産の使用については「一時使用認可制度」なるものを設け、昭和十七年大蔵省訓令第二十二号雑種財産取扱規定によらず前記要領により行政処分として一時使用を許可することとし、使用期間内と雖も政府に於て必要が生じたときは何時でも使用認可を取消し得べく、使用期間の満了又は認可の取消をした場合は使用者は使用物件を原状に回復して政府に返還し、異議の申立又は損害賠償の請求を為すことができない旨を定めたのである。前記被告に対する仮使用認可における「正式使用の認可ある迄」と謂うのは「右一時使用の認可ある迄」を意味し、それまでの仮の暫定措置に外ならない。而して被告に対する前記貸付処理は右一時使用の正式認可に該るものであつて賃貸借を認めたものではない。仮にこれを民法上の賃貸借契約の締結であるとしても叙上の如く当時は占領下にあり、旧軍用財産たる本件雑種財産は連合国の管理政策に基く制約を受けている訳であるから純然たる雑種財産と言うことはできない。故に貸付の条件殊に貸付の期間は特に厳守せらるべきものである。従つて右賃貸借は期間の末日たる昭和二十四年六月三十日の経過と同時に終了すると謂わねばならない。

(二) 従つて被告は原告に対し本件物件を明渡し且昭和二十四年七月一日以降右明渡済まで本件物件の不法占拠による賃料相当の損害を賠償する義務がある。被告は右明渡の請求は権利の濫用であると抗弁するが、その抗弁事実は否認する。本件物件に対する仮使用及び貸付の性質が以上に説明したように特別の意義を有するものであることは被告の予かじめ了知していたところであり、殊に被告が仮使用承認のあつた昭和二十二年九月十七日より既に一年六ケ月経過した後における貸付期間三ケ月の貸付は占領下の制約として使用者に必ずしも不利益なものと解すべきではない。他面被告の機械設備の面よりしても昭和二十三年度期末における機械器具費及び設備費は併せて金三百万円以下であるから多額の投資でないことは勿論であるが、昭和二十四年六月末当時において本件土地建物を明渡し、之等のものを他に移転するとしても、その投資の大部分は保有せられ設備費の内僅かなものが失われることと僅かの移転費を必要としたに過ぎない。

以上の点は当初仮使用承認によつて使用を始めた被告の期待を裏切るものではなく、寧ろ当初より被告に於てその事あるを予期せられていたものであると言わねばならない。

第四、原告は被告の昭和二十四年七月一日以降現在迄の本件物件に対する不法占拠により左記の如き賃料相当の損害を蒙つている。即ち

(一)  熊本財務局の前記貸付当時における本件物件の貸付料は土地(合計千四百二坪)につき月金八百二十七円二十銭、建物(合計千六百二十四坪)につき月金一万二千二百九十二円であつたが、昭和二十四年六月一日物価庁告示第三六八号により地代家賃統制額が、改正せられ、昭和二十四年五月三十一日現在の統制額に対し昭和二十年以前の建築物たる本件物件につき修正率一・六倍の、また土地につき賃貸価格の級別(本件土地は三十七級)に対する坪当り地代月額算出表による値上が認められたので昭和二十四年七月一日以降昭和二十五年七月末日までの統制賃料は合計金二十六万九千八百八十八円(但し土地については月金千九十三円、建物については月金一万九千六百六十七円の割合)となる。

(二)  昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号により同年八月一日以降地代家賃統制額が改正せられ本件建物につき賃貸価格の二・九倍の、本件土地につき賃貸価格坪当り金五十銭に対する坪当り地代月額算出表による値上が認められたので昭和二十五年八月一日より昭和二十六年九月末日までの統制賃料は合計金五十二万九千九百十四円(但し土地については月金二千七百十九円、建物については月金三万五千百三十二円の割合)となる。尤も本件物件は昭和二十五年七月十一日ポ政令第二二五号により工場の用に供する建物及びその敷地として地代家賃統制令の適用を解除せられ、一般統制額を超えて賃料を定めることができるけれども一応一般統制額により算出する。

(三)  昭和二十六年九月二十五日物価庁告示第一八〇号により同年十月一日以降地代家賃統制額が改正せられ、本件建物につき固定資産課税台帳に登録された評価格の千分の二と金十二円に建物の延坪数を乗じて得た額との合計額に、本件土地につき右登録価格の千分の二、二に定められたので昭和二十六年十月一日より昭和二十七年三月三十一日までの統制賃料は合計金四十六万五千六百十八円(但し土地については月金千七百十円、建物については月金七万五千八百九十三円の割合)となる。

(四)  昭和二十七年四月一日前記登録価格が改正されたので前項所載の算出方法により昭和二十七年四月一日以降同年十一月三十日までの統制賃料は合計金八十三万八千六百二十四円(土地については月金千八百二十四円、建物については月金十万三千四円の割合)となる。

(五)  昭和二十七年十二月四日建設省告示第一四一八号に基き同年十二月一日より地代家賃統制額が改正せられ、土地については前項記載の登録価格に千分の三を乗じた額、建物については同項掲記の登録価格に千分の三、七を乗じたものに、金二十四円に坪数を乗じた額の合計額と定められたので昭和二十七年十二月一日以降昭和二十九年三月三十一日までの統制賃料は合計金三百十四万八千九百四十四円(但し、土地は月金二千四百八十八円、建物は月金十九万四千三百二十一円の割合)となる。

(六)  昭和二十九年四月一日前項記載の登録価格が改正せられたので同項所掲の算出方法に従い昭和二十九年四月一日以降同年九月三十日までの統制賃料は合計金百三十六万九千九百二円(但し土地は月金三千四百四十一円、建物は月金二十二万四千八百七十六円の割合)となる。

よつて被告に対し本件物件の明渡並びに前記昭和二十四年七月一日以降昭和二十九年九月末日までの本件物件の統制額相当額合計六百六十二万二千八百八十二円及び昭和二十九年十月一日以降右明渡すみまで一ケ月金二十二万八千三百十七円の統制額相当の金員の支払を求めるため本訴を提起した次第である。

と陳述した。

被告代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、被告が本件物件を昭和二十二年十月一日より借用使用し現在これを占有使用していること、国の貸付料が原告主張の額であつたこと、原告が主張の日主張の如き調停を申立て、該調停が不調となり取下となつたことは認めるが、その余の事実は争う。被告は昭和二十二年九月十七日国より本件物件を期間を十年と定めて賃借したものである。仮にそうでないとしても昭和二十四年四月一日国との間に期間を三ケ月とする賃貸借契約を締結したものであつて、三ケ月の期間は借地借家法により期間の定なきものとみなすべきであるから被告は正当権原に基いて本件物件を占有しているものである。仮に被告に正当権原がないとしても被告が本件物件を当初使用するに際しては国及び占領軍は被告の事業計画を吟味調査の上その実施を快く承諾したものであつて被告は長期間之が使用を許さるものとして今日まで之を使用して来た。今若し原告に右物件を明渡し撤去するとすれば被告としては工場移転に新に一億円以上の巨費を必要とし、その間の休業に因る損害も亦莫大なものである。然るに本件物件の価格は僅々三千万円程度に過ぎない。かかる事情よりすれば原告の所有権に基く本訴明渡の請求は権利の濫用に該り到底許さるべきものではない。と陳述した。

〈立証省略〉

理由

原告主張第一の点は成立に争のない甲第一乃至第六号証及び証人須藤留一、三森三郎、伊藤英三、森亮一、橋爪幸大の供述を綜合し、第二の点は成立に争のない甲第七第八号証第九号証の一、二第十第十一号証第十三号証の二乃至五、乙第一号証及び証人森田民夫、藤川義寅、橋爪幸大の供述を綜合して孰れもこれを認めることができ、被告が昭和二十四年七月一日以降現在迄引続き本件物件を占有していることは当事者間に争のないところである。

被告は昭和二十二年九月十七日国との間に期間の定のない賃貸借契約を締結したと主張するが、前出甲第七第八号証第九号証の一、二第十第十一号証乙第一号証に被告挙示の各証人の供述及び之により成立を認める乙第三号証の一乃至三によれば被告会社は昭和二十一年頃終戦後の民需逼迫による大分県民の福利を増進し、且つ県下産業を振興するため県内の有力者により県及び県出身有力者の援助により設立を企図せられ昭和二十三年三月設立せられたものであること、その発起人総代は会社設立に先だち昭和二十一年十二月三日本件物件につき使用目的を自転車、自動車等のタイヤ、チユーブ、地下足袋等のゴム製品の製造とし、使用期間十年使用条件は国に於て定める条件に従い、且国に於て必要の場合は直ちに原状に回復し無条件で返還すること等とする国有財産たる雑種財産の一時使用承認申請書を財務局長に提出し、前認定の如く昭和二十二年九月十七日同局長より正式認可あるまでの仮使用の認可を得、会社設立関係者は他の国有財産の事例に徴し将来は本件物件の払下又は長期貸付を受け得るものと信じて直ちに操業準備に着手し、会社設立後は被告会社に於て本件物件を使用してゴム製品の生産を経営して来たのであるが、昭和二十四年三月三十一日前に認定したように貸付期間を同年四月一日より同年六月末日までとする貸付の処理が為されたことが認められるので被告の右主張は採用しない。

本件物件が国有財産法に定める普通財産(旧国有財産法の雑種財産)に属することは前記引用証拠に照し明瞭である。而して国有財産たる普通財産の貸付処分については他の法律に特別の定のある場合を除く外同法を適用しなければならない。(尤も連合国の占領当時国内法に優先する連合国最高司令官の指令等のある場合にその制約を受けることは言を俟たないところである。)ところで普通財産は公用財産又は公共用財産等の行政財産と異り単なる私産の性質を有し、従つて原則として民法その他の一般私法の規定に従い之を処分し得べきものであるが、国有財産法は之等私法の特別法たる関係に在り、一般私法は国有財産法に規定する各種の制限の下に変更適用せられるものである。而して国有財産法第二十一条は普通財産の貸付につきその期間は一般の土地の場合は三十年、建物の場合は十年を超えることができないとし、右貸付期間はこれを更新することができると規定している。して見れば賃貸借の貸付期間を定める借地法第二条借家法第三条の二賃貸借の期間満了の場合における更新に関する借地法第四条第一項借家法第一条の二第二条第一項の各規定は普通財産の貸付にはその適用がないと解するのが相当である。

そうすれば国の被告に対する本件物件の貸付は昭和二十四年六月三十日の経過と同時に貸付期間の満了により終了したものというべく、従つて被告は他に正当権原の主張立証なき限り爾後権原なくして本件物件を不法に占拠し、所有者たる原告にその賃料相当の損害を与えているものと判定しなければならないから被告は原告に対し本件物件を明渡し且右損害を賠償する義務がある。

被告は原告が本件物件の明渡を求めることは権利の濫用であると抗弁するのでこの点につき按ずるに、被告が本件物件を使用するに至つた当初の事情は既述したところであつて、成立に争のない甲第十九乃至第二十四号証の各一、二及び被告挙示の各証人の証言に検証の結果及び鑑定人薬師寺喜熊外三名の共同鑑定の結果を綜合すれば、被告会社はその後数百万円の機械その他の設備費を投じてゴム製品の生産販売事業に着手し、爾来現在まで右営業を継続して来たのであるが、本件物件を明渡し、他に適地を求めて工場を移転するとすれば工場敷地の購入、工場事務所の建設、機械設備の移転等に数千万円の巨費を必要とし、且工場移転のために数ケ月間休業の止むなきに至るべく、被告の蒙る打撃は容易でないことが窺われる。しかしまた証人橋爪幸大の供述に検証の結果及び鑑定人安藤松雄の鑑定の結果を綜合すると原告会社は元大分工場でスフ、人絹の生産業を経営していたのであるが冒頭記載のように国から之が返還を受けた後直ちに復元計画の立案に着手し当時右工場跡の敷地建物を使用していた大分市、約三十名の耕作者及び被告会社その他の三会社に対し使用物件の明渡を求め、容易に交渉が妥決しないため昭和二十六年頃大分簡易裁判所に右明渡の調停の申立を為し、昭和二十七、八年頃には被告会社を除き総て調停が成立し、被告会社のみ調停が不調となり爾来今日まで係争を継続して来たこと、原告会社は本件物件を中心部として工場敷地約二万坪を所有し、人絹工業に必要な時価七千万円に相当する浄水設備も現在は一時大分市に貸与している状況にあつて、復元計画の立案施行も被告会社の本件物件の占拠により事実上不能の状態に陥つていることが認められる。かような事情からすれば原告が所有権に基き被告に対し本件物件の明渡を求めることは到底権利の濫用に該るものとは謂い難く、従つて被告の本抗弁は採用する訳にはゆかない。

次に本件物件の昭和二十四年七月一日以降昭和二十九年九月三十日までの相当賃料が原告の主張する金六百六十二万二千八百八十二円以上であること、昭和二十九年十月当時の相当賃料が原告主張の金二十二万八千三百十七円を超えることは鑑定人陣内三郎の鑑定の結果により認めるに足る。(本件の如く国が貸主である借地又は借家については地代家賃統制令の適用がなく、また本件の如く工場の用に供する建物及びその敷地については昭和二十五年七月十一日より同令の適用を除外したのであるからその相当賃料は客観的に相当と認め得る価格により之を判定し得べきことは言うまでもない。)

よつて原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用し(明渡を求める部分については仮執行の宣言をつけない)主文の通り判決する。

(裁判官 江崎彌)

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